こちらは「-Stahl-」いづみさん宅のアルが執事、エドがお嬢様という設定のお話です
  それでも大丈夫な方のみお進み下さい













An eternal girl











「お嬢様がいない?」

「ええ、マーサ様がほんの少し席を外された隙に、いなくなられたみたいなんです。」

慌てたように話すメイドの言葉に、アルフォンスは首を傾げた。


「それはいつの話ですか。」

「まだ20分も経っていないと思います。どうも戻られたらこのメモが残されていたみたいで。

 マーサ様、とても落ち込んでらして何てお慰めしたら良いものか…。」

手渡されたメモには、「やってられっか バーカ」と書かれている。

これは落ち込むだろうな、と苦笑いするアルフォンス。

マーサはこの家のお嬢様であるエディの家庭教師として、特別に招かれている。

だが本来の職業は国でも有数の私立大学の、教育学部助教授だ。

この屋敷の主であるホーエンハイムの知人ということで、一人娘の教育を任されている。

それなりに教育というものに自負を持ち、プライドも高いだろう。それが生徒に逃げられた。

アルフォンスから見れば、こうなるのも時間の問題だったろうという気がするが。

落ち込んでいるという彼の師には悪いが、ここでアルフォンスがするべき事はひとつ。

彼のお嬢様を捜し出す事だけだ。大人には自力で立ち直って頂かなくては。


「とにかくエディお嬢様を捜しましょう。まずはそれからです。」

屋敷の者で手分けして探す為の指示を出し、アルフォンスは駆けだした。





とは言っても屋敷は広い。

広大さを誇るこの館で、自分から隠れている小さな子供を捜し出すのは大変な事だ。

アルフォンスは立ち止まって考えた。

少女はとても賢い。それはその幼さを考えると破格とも言える程に。

自分が隠れても人海戦術でその内探し出されてしまうだろう事は承知しているだろう。

ならば人が探さないような、思いつきもしないような場所に隠れるに違いない。それはこの屋敷の中でどこだろうか。

少しの間考えていたアルフォンスだったが、ふと顔を上げると余所見もせずに歩き出した。

少女が消えた、先程まで勉強していたはずのエディの部屋へと。









エディの部屋のドアは、マーサが出た時のままなのだろうか。大きく開け広げられていた。

いくら慌てていたからといって、お嬢様の部屋なのだ。開けっ放しは感心しないな。

そう思いながらアルフォンスは「失礼します」と声をかけ部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた。

そして部屋の中を一回り見渡すと、一度だけ口元に手を当てて。ツカツカとクローゼットの前へと向かう。

クローゼットと言っても、部屋と言ってもいいくらいの広さのあるウォークインクローゼットだ。人一人横たわれるくらいの広さはある。

扉の横のスイッチを入れて灯りを付けると、アルフォンスは何も言わずに扉を開けた。

そこには予想通り、探していた少女の姿。それもすやすやと気持ちよさそうに眠っている。


あんな書き置きを残してドアを開けていなくなれば、まさかその部屋に隠れているとは誰も思うまい。

咄嗟にそこまで計算してやってのけた事は、さすがだと褒めたい気持ちがないではないのだが。



眠る少女の横に立ち屈み込む。その寝顔を見ていると、知らずふと微笑んでしまう。

命令からではなく、義務でもなく。守りたいと自然に湧き上がる気持ち。

こんな感情はこの少女に出会うまで知らなかったものだ。

自分の中にこんな人らしい思いがあった事すら知らずにいた。それを教えてくれた特別な少女。

人の優しさ、温かさ、そして愛しさ。凍り付いていた感情全ては、あなたを中心に動き出した。


少女の寝顔は安らかで、出来ればこのまま眠らせておきたい。

でも屋敷は大騒ぎだ。このまま放っておくわけにもいかないだろう。

アルフォンスはそっと少女の髪と頬を撫でた。


「…お嬢様?お嬢様、起きて下さい。」

そっとその体を揺すれば、少女は少しずつ目を開ける。だがまだ意識は半分以上眠ったままだ。


「アルぅ?…もう朝か?」

おはよ、と小さく微笑む少女に苦笑して、アルフォンスはその体を抱き起こした。


「おはようございます、と言いたい所ですが。朝ではありませんよお嬢様。」

その言葉にエディは首を傾げながらアルフォンスを見た。それから周りをぐるりと見渡す。


「凄いな、すぐ解ったのか!?」

自分がどこにいるのか、何故ここにいるのかを瞬時に思い出したのだろう。


「凄いな、ではありませんよ。皆、お嬢様を心配して屋敷中を探し回っていますよ?」

アルフォンスの言葉にエディはバツの悪そうな顔になる。


「みんなには悪いけどさ…、もうオレ、マーサの授業受けるの嫌だ。」

心底嫌そうなエディ。その様子にアルフォンスはやれやれと溜息をついた。

エディがマーサの授業を嫌がるのは今に始まった事ではなかったからだ。

それどころか今まで二人の間に小さな対立は度々起こっていた。良くも悪くもエディは頭が良すぎるのだ。

それは単にIQが高いというだけでなく、発想や着眼点の鋭さなど、どれをとっても彼女は天才と呼ぶに相応しい。

お堅く凝り固まったマーサには、若いというより幼いエディの、その柔軟な思考に対応しきれていない。

正統派の答えしか用意しないマーサでは、エディを受け止めきれないのは当然だし、それでエディが満足するはずもない。

二人が仲良く授業を続けるにはどう考えても無理があるのを、アルフォンスは薄々感づいていた。

今回の騒動は、こうなる事を予想しつつそのままにしていたアルフォンスにも責任がある。

迷ってはいたのだけど、でもこうするのが一番良いかもしれない。ーアルフォンスは決意した。


「ではお嬢様。これからはお嬢様の勉強は、私がお教えするというのはいかがですか?」

「え、アルが教えてくれるのか?」

「はい。もちろん旦那様の許可を頂けたらの話ですし、私にお教え出来るのは基礎的な事までですが。」

専門的な事を学びたくなったら、その時に相応しい教師を捜し出せば良い。

自分のペースを押しつける教師相手では、彼女の才能を潰しかねない。ならば、彼女がもう少し大人になるまでは。


「アルが教えてくれる方が良い!そしたらオレ、ちゃんと頑張る!」

ぱあっと顔を綻ばせたエディのその満開の笑顔に、アルフォンスはとても弱い。

どうか、このまま。少女には真っ直ぐ育って欲しいと彼は願っていた。

その為に自分に出来る事はなんだってやろう。彼女を守る為に、自分は今ここにいるのだから。



嬉しそうに抱き付いてくるエディを受け止めて、アルフォンスは微笑んでいた。

彼がこの屋敷に来る前、エディに会うまでは誰も見たことが無いような笑顔で。




















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